E.が更新さぼって早1年半。
そろそろ何か書くかも。
×
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Q:また縦断ラリーって、もう少し他にましなフレーズ無いの?
A:実際縦断なんだもの。悪いかッ!
GW中は比較的おとなしく、自宅近辺の水元公園とか江戸川とか中川~荒川とかに
出没していたE.、5/5 のこどもの日の昼頃、ここにいました。
千葉県の奥地、いすみ市は大原駅。忘れもしない、昨年夏に事故った例のアソコです。
昨年夏はここから九十九里浜を北上してみようかと思っていたものの、大原の駅前か
ら数百メートルで事故終了と相成った訳で、約1年弱前のやりのこしをちゃんと完遂した
く、ここまで来た次第です。片貝から東金に抜けるとか、成東までか八日市場までか...
どこまで行くかは気分次第という、相変わらず何ともいい加減な予定だったりします。
いすみ鉄道駅横の公園で準備してさっそくGo.
大原の町中を進むとほどなく事故現場。あレレのレ、去年夏より標識増えてるなぁ。
無事に九十九里自転車道南端に到着。
しかし川を渡ってすぐ、工事中通行止め... この辺半分仕方なかったり。
ここは結構綺麗な砂浜の横を通るルートなのですが、すぐ砂に埋もれるのです。そんな
わけでしばし別ルートの裏道を通り、砂浜が切れた辺りの先から自転車道へ進みます。
ですが自転車道は夷隅川を渡る手前ですぐ切れてしまうのだけど。
自転車道が復活するのは、国道128号の東浪見交差点手前から。県道30号:九十九
里ビーチラインの歩道として出てきます。歩道というとE.にはどうも印象悪いのが常です
が、ここの歩道はこんな感じで普通の歩道と違う。なかなか走りやすい。
更に北上すると、自転車道は九十九里有料道路沿いを通るようになり、自転車道的な
道になります。がつがつ北上。
しかし白子を過ぎると、県道30号の歩道(これはほぼ完全に歩道)に合流。ここまで
九十九里有料道路沿いに入ってから約8km 。
しかしここの歩道は大変広くて段差も少ないので、まだまだ余裕を持って走りつつけ
ることができます。さらに北上。
そして片貝を過ぎることには歩道も無くなってしまいます。(泣)
めげずに北上を続けます。しかし県道30号は結構な通行量な割に道幅が狭く、危なっ
かしい事ありません。ここを走り続けるのは少々リスキーなので、県道30号から海側に
数キロ毎にブツ切りで二車線道路が現れては消える事をGPS で確認し、海側の道に逐
次エスケープしてました。こちらは交通量皆無ですいすい。ブツ切りじゃなければ良かっ
たのに... (けどブツ切りじゃなかったら交通量激増なのだろうな。)
九十九里町→山武市→横芝光町→匝瑳市(これ初見で読めるヤツいないだろうなぁ)
と過ぎ、旭市にはいると前方に救いのカンバンが... おぉぅ。
ここから海側に入って再度の自転車道行です。が、ここも結構な砂浜沿い。ところど
ころ砂に埋もれてました...
そして九十九里浜もどんづまりの飯岡へ。ここまで来るとかなり強烈な向かい風を受
けつつの前進。(なんか最近こういうの多い気がする)
飯岡漁港手前までで自転車道は終了、九十九里浜縦断完遂ということで本日ここまで
とした次第。
総武線は飯岡駅まで行き、輪行して帰宅の途につきました。
移動距離=82.09km
移動平均速=19.1km/h/最大速度=43.5km/h
Q:飯岡漁港から飯岡駅まで行く位なら、+α程度の距離で行ける銚子まで行った方が
収まり良かったんでないの?
A:もう夕方だってのに、県道とか国道沿いを行くのはもういやんですってば。
距離的にはしまなみ街道分くらいあったわけですが、走り終わって「そんな距離あった
のかよ」とか少々驚いてしまった次第です。片貝から先が案外ぢみだったしなぁ。変化が
乏しいもんで、あまり距離感を感じられなかった、という所か?
片貝辺りまでなら本当に気分よく走ることができて良いと思います。その先も早いとこ
ろ自転車道を整備して欲しいなとか、思ったのでしたとさ。
ちなみに飯岡駅からE.自宅そばの松戸駅まで帰ってくるのに、3時間近くかかりました...
千葉県も結構広いっすよね...
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これなら... のつづき。

以前書いたとおり、E.はつくばりんりんロードの雨引駅跡の桜が好きです。
まぁそうでなくても筑波りんりんロードの、特に真壁以北の駅跡には結構な桜が植わっ
ていて、それぞれになかなか魅力的だったりするんですが。
しかしその中でも雨引駅跡が最も好ましく思うのは、駅跡のみならず、そのすぐそば
に桜がいっぱい植わった小学校があったり、駅近くの里山等々、周囲の雰囲気を含めて
魅力的と思えるからです。
4/1 時点で神奈川とか東京では桜が満開でしたが、E.の(基本的)勤務先の千葉県北東
部地方ではまだ4~5分咲きといったところでした。
そんなわけでその次の週末の4/7 の昼前、E.は土浦にいました。ここからちょうど見
頃の花見をしつつ、りんりんロードを北上しようという魂胆です。

しかしこの日、今度は出発前に後輪のチューブがイカレてしまい、2週続けてのチュー
ブ交換と相成ったのでした。土浦西口のロータリーの物陰でごそごそ交換作業を行った
後、昼過ぎになってから漸く出発。とほほ

まずは土浦の町中、新川沿いはこんな桜。

りんりんロードを北上。りんりんロード沿いもこんな桜並木。
(まだ小さい木ですね。ちょっとものなりない。)

小田城跡も桜模様。

筑波山を右に眺めつつ順当に北上し、真壁を過ぎるとそろそろ見所です。

・樺穂駅跡

前来たときにはおばちゃんたちがお花見しつつお昼を食べてましたっけが、この日も
いました。
(同じ人じゃないだろうけど)
・上飯田駅跡

・雨引駅跡

やっぱここの佇まいが一番良いです。少々天気が悪かったのが残念。
それでも結局ここで2時間以上もまったりしていたのでした。
後はたんまり撮った写真の一部でも御覧下さいな。


移動距離=40.3km
移動平均速=21.9km/h/最大速度=36.2km/h

以前書いたとおり、E.はつくばりんりんロードの雨引駅跡の桜が好きです。
まぁそうでなくても筑波りんりんロードの、特に真壁以北の駅跡には結構な桜が植わっ
ていて、それぞれになかなか魅力的だったりするんですが。
しかしその中でも雨引駅跡が最も好ましく思うのは、駅跡のみならず、そのすぐそば
に桜がいっぱい植わった小学校があったり、駅近くの里山等々、周囲の雰囲気を含めて
魅力的と思えるからです。
4/1 時点で神奈川とか東京では桜が満開でしたが、E.の(基本的)勤務先の千葉県北東
部地方ではまだ4~5分咲きといったところでした。
そんなわけでその次の週末の4/7 の昼前、E.は土浦にいました。ここからちょうど見
頃の花見をしつつ、りんりんロードを北上しようという魂胆です。
しかしこの日、今度は出発前に後輪のチューブがイカレてしまい、2週続けてのチュー
ブ交換と相成ったのでした。土浦西口のロータリーの物陰でごそごそ交換作業を行った
後、昼過ぎになってから漸く出発。とほほ
まずは土浦の町中、新川沿いはこんな桜。
りんりんロードを北上。りんりんロード沿いもこんな桜並木。
(まだ小さい木ですね。ちょっとものなりない。)
小田城跡も桜模様。
筑波山を右に眺めつつ順当に北上し、真壁を過ぎるとそろそろ見所です。
・樺穂駅跡
前来たときにはおばちゃんたちがお花見しつつお昼を食べてましたっけが、この日も
いました。
(同じ人じゃないだろうけど)
・上飯田駅跡
・雨引駅跡
やっぱここの佇まいが一番良いです。少々天気が悪かったのが残念。
それでも結局ここで2時間以上もまったりしていたのでした。
後はたんまり撮った写真の一部でも御覧下さいな。
移動距離=40.3km
移動平均速=21.9km/h/最大速度=36.2km/h
4/1 のお昼、E.はここにいました。

いままで神奈川県を走ったことは... 多摩川程度しかなかったので、ここで一発境川
沿いを攻めてみようかと。どうやら境川沿いを江ノ島近辺から淵野辺辺りまで行くこ
とができ、そこから多摩丘陵を越えて多摩川まで出ることが可能とか。
行けるならE.実家(東京都調布市)辺りか、まだ元気なら多摩川下流へ侵攻してみよう
かとか、いい加減なことを考えてます。
そもそもE.、毎週東海道新幹線に乗っていますが、神奈川県で覚えのある川と言えば、
多摩川に相模川、それと小田原直前の酒匂川。境川ってどんなんよ、という興味もあっ
てのの江ノ島行なのでした。
当日昼は結構な好天。上空にはぴーひょろトンビが飛んでます。

しかしこのトンビが結構なシロモノ。のんきに浜辺でお昼を広げて食べていると空から
急襲されます。こそこそと昼飯を食べつつ出発準備... 準備中に前輪チューブがイカレ
てチューブ交換をした関係上、出発は午後1時前になってしまいました。
せかせかと出発。
境川は「神田川かよ」とかツッコミを入れたくなるような小川。いきなり予想を大きく
外してくれました。
気を取り直して、
江ノ電を越え、

藤沢市街(藤沢市内で川沿い道は一旦途切れてしまいます)を過ぎ、国道一号を超すと、
境川沿いはこんな感じの春模様でした。

さらに湘南台近辺ではこんな感じの桜並木。
<花見客を避けつつ進め!>

新幹線をくぐり、

大和を過ぎ(大和でも川沿い道が一旦途切れます)、つらつら行くと246 にぶち当たります。

自転車道の案内とかではここで自転車道は終点とされていますが、川沿い道はまだ
まだ続きます。

遠景に東急ハンズ。町田でした。
一瞬どこか判断がつかず、気が付いてから内心「町田かよ」とか思ったのは内緒。
町田を過ぎるとこんな感じで良さげなローカルムード。

予定通り淵野辺まで境川沿いを進むことができました。ここから多摩丘陵越え突入。

一気にローカルムード充満。茨城とかの奥地に来たかのような光景にE.唖然。
奥多摩なんかに行かなくても、都内でこんな風景まだ拝めるのですね。
そして多摩センターまで下った乞田川まで出ると、ここは川沿いがずっと桜並木。
<花見客を避けつつ進め!>

しかし乞田川は、車道とクロスする度にブツ切りなのでした... 走れたもんじゃない。
途中から多摩センター通り沿いを進み、ようやく関戸橋へ。多摩川に出てきました。

この時点で午後5時。天空は既に曇天、結構な東風が吹いており、E.は早々にヘタレ
てあえなく府中本町から輪行して帰宅するのでした。

移動距離=61.2km
移動平均速=16.3km/h/最大速度=38.3km/h
しかしこの日はどこへ行っても桜が満開。
これなら... とか思いつつこの日帰宅なのでした。
これなら... ふっふふふふ。
(つづく)
いままで神奈川県を走ったことは... 多摩川程度しかなかったので、ここで一発境川
沿いを攻めてみようかと。どうやら境川沿いを江ノ島近辺から淵野辺辺りまで行くこ
とができ、そこから多摩丘陵を越えて多摩川まで出ることが可能とか。
行けるならE.実家(東京都調布市)辺りか、まだ元気なら多摩川下流へ侵攻してみよう
かとか、いい加減なことを考えてます。
そもそもE.、毎週東海道新幹線に乗っていますが、神奈川県で覚えのある川と言えば、
多摩川に相模川、それと小田原直前の酒匂川。境川ってどんなんよ、という興味もあっ
てのの江ノ島行なのでした。
当日昼は結構な好天。上空にはぴーひょろトンビが飛んでます。
しかしこのトンビが結構なシロモノ。のんきに浜辺でお昼を広げて食べていると空から
急襲されます。こそこそと昼飯を食べつつ出発準備... 準備中に前輪チューブがイカレ
てチューブ交換をした関係上、出発は午後1時前になってしまいました。
せかせかと出発。
境川は「神田川かよ」とかツッコミを入れたくなるような小川。いきなり予想を大きく
外してくれました。
気を取り直して、
江ノ電を越え、
藤沢市街(藤沢市内で川沿い道は一旦途切れてしまいます)を過ぎ、国道一号を超すと、
境川沿いはこんな感じの春模様でした。
さらに湘南台近辺ではこんな感じの桜並木。
<花見客を避けつつ進め!>
新幹線をくぐり、
大和を過ぎ(大和でも川沿い道が一旦途切れます)、つらつら行くと246 にぶち当たります。
自転車道の案内とかではここで自転車道は終点とされていますが、川沿い道はまだ
まだ続きます。
遠景に東急ハンズ。町田でした。
一瞬どこか判断がつかず、気が付いてから内心「町田かよ」とか思ったのは内緒。
町田を過ぎるとこんな感じで良さげなローカルムード。
予定通り淵野辺まで境川沿いを進むことができました。ここから多摩丘陵越え突入。
一気にローカルムード充満。茨城とかの奥地に来たかのような光景にE.唖然。
奥多摩なんかに行かなくても、都内でこんな風景まだ拝めるのですね。
そして多摩センターまで下った乞田川まで出ると、ここは川沿いがずっと桜並木。
<花見客を避けつつ進め!>
しかし乞田川は、車道とクロスする度にブツ切りなのでした... 走れたもんじゃない。
途中から多摩センター通り沿いを進み、ようやく関戸橋へ。多摩川に出てきました。
この時点で午後5時。天空は既に曇天、結構な東風が吹いており、E.は早々にヘタレ
てあえなく府中本町から輪行して帰宅するのでした。
移動距離=61.2km
移動平均速=16.3km/h/最大速度=38.3km/h
しかしこの日はどこへ行っても桜が満開。
これなら... とか思いつつこの日帰宅なのでした。
これなら... ふっふふふふ。
(つづく)
先週末で廃止と相成った鹿島鉄道線は、以前のエントリで記載したとおり、E.の
両親の郷里:茨城県行方郡玉造町(現行方市)を通っているが故に、E.がお子ちゃま
の頃からお馴染みでした。そんなお馴染みな光景もとうとう見られなくなってしま
う... ということで、行ってきました。
3/24は朝8時半、E.は8:47発の鉾田行きに乗り込むべく、石岡駅に居りました。

当日はE.だけでなくもう1人同行者がおりました。E.母だ。
E.母は高校三年間、桃浦から石岡までの通学に往時の鹿島参宮鉄道線を利用して
いた口。彼女も惜別の念が多々あるようです。

そして8:47発の鉾田行きは俄には信じがたい満員の客を乗せ、石岡駅を後にした
のでした。車内でE.母と話したネタとかを少々。
○ 通学で、桃浦駅の列車に間に合わなさそうなときは、山の方から「まって~」
コールをしたそうな。
それで結構待ってくれたとのこと。E.叔父も一緒に、そんな連呼したのかよって...
○ 桃浦駅の手前の霞ヶ浦横を通る所、昔は霞ヶ浦の砂浜沿いを築堤で通り抜ける、
風光明媚な所だったんですが、E.母はそこでしばしば漁船から上がった魚をバケツ
で魚を買ってきた事がしばしばあったとのこと。
○ 昔は新高浜近辺はもっと林の中を走るようなところだった。
昔は見通しがあまりよろしくない上に、踏切に遮断機なぞ無く、新高浜駅手前
で自動車と接触事故を起こした事がありました。
○ うちの叔母の実家が八木薪駅の手前にあって、列車から見える。
(知らなかった... )
○ 昔は八木薪駅がなく、桃浦の次がすぐ浜だった。
○ 昔は巴川駅そばのE.叔母の嫁ぎ先で往時の関東鉄道の貨物を扱っていた。
いまは米倉だそうです。
○ 沿線ではやはり霞ヶ浦沿いの夕景が最も良い。
また、四箇村から石岡に向かう先の真っ正面に筑波山が見え、これも良い。
○ 玉造駅の駅長(といっても今は委託なんですが)は、E.母の友人でした...
駅長さんとだべって、駅長さんの仕事邪魔してンじゃないですよ、母上殿。

その後E.の親戚関係をあちこち回り、最後はE.母の実家で、久々にばーちゃんと
会ってきました。
E.ばーちゃんも今年で 100歳ですが結構元気。何よりでした。行って良かった。
○ ○ ○ ○ ○ ○
更に次の週末の3/31=鹿島鉄道線営業最終日の午後4時。再びE.は石岡駅にいま
した。

理由はこれ。どうしてもこいつに乗っておきたかった。

何故かというと... これ。

この車両はキハ714。最近には珍しくなってしまった、半自動扉です。E.が
お子ちゃまの頃、物心ついてから初めて乗ったのがこれで、駅についても開かない
扉に、母親に扉は手で開けるよう教えられた事を良く覚えています。そんな思い出
深い車両なのです。
そんなこんなで終点の鉾田駅まで乗ってしまいました。

帰りの列車を一本見送ることにしたE.を残し、列車は鉾田駅を悠然と去っていっ
たのでした。

そしてE.次の列車で石岡駅に戻った際には、キハ714は既に明かりが落ちて、
奥の線路に止まっていました。

既にキハ714は車齢50年を超える旧車。きっともう走ることは無いのでしょうね...
せめてキハ714が然るべき設備を持って保存されることを祈ります。
最後に鉾田駅の広告スペースにあった張り紙を。

両親の郷里:茨城県行方郡玉造町(現行方市)を通っているが故に、E.がお子ちゃま
の頃からお馴染みでした。そんなお馴染みな光景もとうとう見られなくなってしま
う... ということで、行ってきました。
3/24は朝8時半、E.は8:47発の鉾田行きに乗り込むべく、石岡駅に居りました。
当日はE.だけでなくもう1人同行者がおりました。E.母だ。
E.母は高校三年間、桃浦から石岡までの通学に往時の鹿島参宮鉄道線を利用して
いた口。彼女も惜別の念が多々あるようです。
そして8:47発の鉾田行きは俄には信じがたい満員の客を乗せ、石岡駅を後にした
のでした。車内でE.母と話したネタとかを少々。
○ 通学で、桃浦駅の列車に間に合わなさそうなときは、山の方から「まって~」
コールをしたそうな。
それで結構待ってくれたとのこと。E.叔父も一緒に、そんな連呼したのかよって...
○ 桃浦駅の手前の霞ヶ浦横を通る所、昔は霞ヶ浦の砂浜沿いを築堤で通り抜ける、
風光明媚な所だったんですが、E.母はそこでしばしば漁船から上がった魚をバケツ
で魚を買ってきた事がしばしばあったとのこと。
○ 昔は新高浜近辺はもっと林の中を走るようなところだった。
昔は見通しがあまりよろしくない上に、踏切に遮断機なぞ無く、新高浜駅手前
で自動車と接触事故を起こした事がありました。
○ うちの叔母の実家が八木薪駅の手前にあって、列車から見える。
(知らなかった... )
○ 昔は八木薪駅がなく、桃浦の次がすぐ浜だった。
○ 昔は巴川駅そばのE.叔母の嫁ぎ先で往時の関東鉄道の貨物を扱っていた。
いまは米倉だそうです。
○ 沿線ではやはり霞ヶ浦沿いの夕景が最も良い。
また、四箇村から石岡に向かう先の真っ正面に筑波山が見え、これも良い。
○ 玉造駅の駅長(といっても今は委託なんですが)は、E.母の友人でした...
駅長さんとだべって、駅長さんの仕事邪魔してンじゃないですよ、母上殿。
その後E.の親戚関係をあちこち回り、最後はE.母の実家で、久々にばーちゃんと
会ってきました。
E.ばーちゃんも今年で 100歳ですが結構元気。何よりでした。行って良かった。
○ ○ ○ ○ ○ ○
更に次の週末の3/31=鹿島鉄道線営業最終日の午後4時。再びE.は石岡駅にいま
した。
理由はこれ。どうしてもこいつに乗っておきたかった。
何故かというと... これ。
この車両はキハ714。最近には珍しくなってしまった、半自動扉です。E.が
お子ちゃまの頃、物心ついてから初めて乗ったのがこれで、駅についても開かない
扉に、母親に扉は手で開けるよう教えられた事を良く覚えています。そんな思い出
深い車両なのです。
そんなこんなで終点の鉾田駅まで乗ってしまいました。
帰りの列車を一本見送ることにしたE.を残し、列車は鉾田駅を悠然と去っていっ
たのでした。
そしてE.次の列車で石岡駅に戻った際には、キハ714は既に明かりが落ちて、
奥の線路に止まっていました。
既にキハ714は車齢50年を超える旧車。きっともう走ることは無いのでしょうね...
せめてキハ714が然るべき設備を持って保存されることを祈ります。
最後に鉾田駅の広告スペースにあった張り紙を。
さて、3/17の土曜日、自転車担いで向かったのは... 渥美半島の中途、三河田原。
ここから伊良湖岬を目指そうという魂胆な訳です。
三河田原駅ヨコで合神Go。
まずは渥美自転車道に出るべく、南に向かいます。確認した限りでは、渥美自転車道は
太平洋沿いに走っている様子。
しばし走って太平洋岸に辿り着いたのですが... 渥美自転車道はありません。畜生。戻り
は結構な勾配だというのに。
しかも当日はかなりキョーレツな北西の風が吹きまくり。勾配のサミットを超える直前
からなんともげんなりさせる風がE.を押し戻す始末。なんとか国道まで戻ってよくよく
確認してみたら、自転車道はE.の走ってる辺りでは国道沿いの歩道でした。がっくり。
気を落としつつ国道を一路西へ。風はなんだかだんだん向かい風になっているような雰
囲気。それでもめげず、まぁニンニキニキニキ... と西に向かうのでした。
そして赤羽根漁港の向こう辺りから、待ちに待った自転車道がようやく現れます。
しかもところどころ北風避けの防風林がある。(感涙)
走りやすくてGoodだったんですが... まもなくこんな看板。あっという間に国道に引き
戻されたのでした。
そして再び国道沿いを風に抗いつつ西へ。自転車道は川尻という辺りから復活したので
すが、そこまでしんどかった... 自転車道は海岸沿いを西へ。
そして途中から内陸へ切り込んで山を登っていきます。日出石門と言うところで山が南
海岸に落ち込んでおり、それを乗り越えるべく自転車道も山登りです。
登り切ったところがこの眺望。風も強烈でしたが。
この先岬手前で少々登りもありましたが、無事伊良湖岬に到着。
移動距離=37.73km
移動平均速=15.8km/h/最大速度=35.8km/h
ちなみに
○ GPS が外れて吹っ飛んだ回数=2回
マウントにクラックが入ってました。対策要るな...
○ ロードの集団に抜かれた回数=1回
あの風の中国道24号を30km/h程で走っていきました。皆さん元気ですね。
この日の伊良湖岬の最大風速は20m/s だったそうですのに。
さて、この後E.はただ戻るのは芸がない、と言うことで、フェリーで師崎を回って豊
田市まで帰着しました。この日の伊良湖岬の最大風速は20m/s だったのに...
まぁ後は想像におまかせします。石垣島近辺で台風直後に旅客船に乗るよりはまし
だったとだけコメントしておきましょう。
結局風に振り回されっぱなしの土曜でした。どっとはらい。
ちなみに現在上司に次のアパートを早く探せと煽られてます。
中京生活はまだ続く模様です... (今日も朝から名古屋へGoですよ)
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プロフィール
HN:
Hide.E
性別:
男性
職業:
ながれものソフトやさん
自己紹介:
茨城方面筋の千葉都民(謎)。
あいかわらず週四で愛知県通い中。
もつ鍋が主食だ!
なんだかも~春先からどったんばっ
たんしててたまらんです。
おかげさんで更新するネタにも事欠
く貧しい人生。清貧万歳!(違)
あいかわらず週四で愛知県通い中。
もつ鍋が主食だ!
なんだかも~春先からどったんばっ
たんしててたまらんです。
おかげさんで更新するネタにも事欠
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